
「布施落ち」という言葉があるそうですね。
これはかつて船場でビジネスをしていた商家が、うまくいかなくなったことで地価の安い布施へと転居し、再起を図るというもの。
このワードは、司馬遼太郎が何度か言及しています。
大阪は昔から、商売は船場付近でする、そこでだめになったら、尼崎に落ちるか、布施に落ちる——布施落ちということばがあったんですな……。
出典:大阪文化振興会 編『都市と文化問題』,創元社,1975
戦前は、
布施落ち」という言葉あったものだ。合戦において平家の武者が山間僻地におちてゆくように、船場あたりで商売に失敗した者が、落ちゆく先きは、布施。十三、守口、そうでなければ川向こうの尼崎、と相場がきまっていた。
布施は生活費が安かった。八百屋の店さきの大根一つでも大阪市中で三銭なら、布施で二銭。それを一銭五厘に値切るという「おばはん」が、布施では甲斐性モンとされた。出典:婦人生活社 [編]『婦人生活』17(11),婦人生活社,1963-10
落ち延びる先は、このほか尼崎や十三、守口などがあったようです。
司馬遼太郎は河内小阪あたりに住んでいたので、隣接する布施の話をよく聞いていたのかもしれません。
ただ、司馬遼太郎以外からこのワードはあまり出てこず、信憑性には疑問が残ります。
そんな布施は、令和の世では東大阪市の中でも最も人口増加が著しい人気エリアとなっています。<データ集はこちらから>
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