ここ数日、難波のロケット広場だとか、近鉄3000系の話とか、少し前の懐かしい話題を取り上げました。
これ、うちとしてはちょっと例外的措置で、基本的にコンテンツ制作において「懐かしい」とは向き合わないようにしています。
「懐かしい」の見えない排除性

「懐かしいコンテンツ」って、ある世代以下は置いてけぼりになってしまうんですよね。その時代を知らない人を静かに弾き出すもの。
たまにならまだしも、長年それが続くと読者が離れ、年齢のアナライズは下のグラフだけがひたすら伸びていくでしょう。
私自身、年上が多い環境に居たこともあり、長年この懐かしいコンテンツに置いてけぼりでした。
会話の中で飛び交う、昔のテレビ番組、音楽、出来事……。みんなが笑っている輪の中で、一人だけ文脈がわからない感覚。
誰も悪意を持っているわけじゃない。でもじわじわと「ここに居ていいのかな」という気持ちが積み重なって、居心地が悪くなっていく。ましてやWebサイトは、少しでも「微妙だな」と思われるとすぐに離脱してしまいます。
コンテンツの閲覧を増やしたいなら、入口は広い方がいい。これはギャルの鉄則です。
懐かしさへの共感を前提にしたコンテンツ作りに傾倒すると、その入口は一気に狭くなってしまうのです。
作り手が「懐かしい」に頼ってしまう理由
正直に言えば、「懐かしさ」を使ったコンテンツ作りは楽です。
新しいトレンドを追い、今まさに刺さっている文脈を探し続けるのは、それなりに大変でコストがかかる。
一方で懐かしいネタは、
・「流行っているか」の検証が要らない
・大方どの層に刺さるのか、その反応が読める
・反応が可視化されて手ごたえを感じやすい
…という理由で、安易に使えてしまいます。
でもそれって、元々の特定世代に届いただけで、新しい人を引き込んだわけでも、コンテンツとしての幅を広げたわけでもないのです。
常に入口は広げておく
懐かしさには、感情を動かす力があります。
しかし使いどころを選ばないと、作り手の「楽さ」のための道具になってしまう。
懐かしさを使わないでいると、常に「今」を見続けなければならなくなります。
今流行りのスラング、熱狂しているもの、トレンドな曲やミーム……
これを追って(うちなら鉄道ファン向けに)再解釈することで、持続的な閲覧者が生まれるのです。

こういうネタ画像(m!lkの好きすぎて滅)も、トレンドを丹念に追っているからこそ作れたものだと思っています。
鉄道趣味は、不変的なコンテンツです。
常に新たな年齢層が生まれ、老人になっても同じ延長線で続けることが出来る素晴らしい趣味だと常々思います。
常に入口を広げ、「あのサイトは古臭い」と思われない為にも、私は敢えて「懐かしい」とはなるべく向き合わないことにしています。
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